そーさくびより ( はてブロ版 )

『そーさくびより』は本家が別にありますが、はてブロでは雑記をメインに書いて行こうとおもいます。

短編小説 シャベリーナがベリーズで働くまで

主な登場人物

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シャベリーナ(左)

ルクレーシャ(右)

 

首都の居住区の一角に、ある富豪が建てた豪邸があった。

一般的な一戸建ての敷地の10倍以上はあろう敷地にある
その豪邸にはシャベリーナという娘が住んでいた。

シャベリーナは皆と何かが違うと薄々気がついていた。
黄色っぽいオレンジの羽毛の鳥類で大学生である事。

いや、そういう事ではない。

他の皆は縛りがなく自由な暮らしをしているように見えたのだ。
比べてシャベリーナは家のルールに縛られていた。


「私も皆と同じように生まれたかった……。
 お嬢様とか呼ばれたくないわ。
 私も庶民でありたい。


生まれる家庭を選べない事に悔やみ、皆を羨んだ。
どうしたら良いのか彼女なりに思案していた。


「時間を作って庶民とふれ合えば私も馴染めないかしら。
 お父様が『悩んだら時間か環境か場所を変えなさい』って言ってたわ。


シャベリーナは校内でキッカケを作る相手を考えた。
校内なら機会を作りやすいからだ。


「そうだ、あの子……
 トレアちゃんなら!


トレアはシャベリーナと同じ校舎に通う庶民の同級生だ。
一言二言程度だが、庶民の中でもシャベリーナと何度か接点がある。

 

次の日、シャベリーナはトレアにコンタクトをとろうと試みた

 

授業が終わり生徒達は家路に都合と校門へ向かう
そのタイミングを狙いトレアに接触する事にした


まだトレアは外に居ない。これから出てくるのだろう。
シャベリーナは学校を背に校門までの道のりをゆっくりゆっくりと進む。
少し歩んでは足を止め携帯をのぞき込み何か操作しているふりをして横眼で周囲を察し、また数歩進む。


そしてついにトレアが現れシャベリーナを追い越した。
シャベリーナは後ろから足並みが不自然にならないよう歩幅を考えながらトレアへ追いつくように歩み寄った。


「トレアさん


シャベリーナは好意的に接しようと思っていたが
声を掛けられたトレアはかまえてしまった


「なん……ですか……?


今までシャベリーナと話す機会が無かったトレアにとっては、
下校時に話し掛けられるなんて想定外で、
瞬時に何か裏が有るに違いないと思ったのだ

こわばった表情のトレアとどうにかして会話したい


(こういう時は笑みと明るい声が大事……!


シャベリーナは笑みを作ってできるだけ自然にふるまい好印象を与えようと努めた。


「一緒にお話しませんか?

「……。


トレアは怯えている。
シャベリーナは明るい声を意識して話を続けた


「私トレアさんの事をいろいろ知りたいのです


その時だった。
よくシャベリーナを取り巻く生徒達が通り掛かった


(どうしてこんな時に……!


取り巻きの彼女らはシャベリーナとトレアの間に割って入り、
壁を作るように並び圧のある強い視線を向け、
そして心ない言葉をトレアへ向けた

ただでさえ不安そうだったトレアの表情が悲しみの顔へ変わった
声が震え、涙は頬を伝って胸元を塗らした
トレアはその場にいたたまれなくなった


「お嬢様なんて身分で、
 私の事なんか分かりっこないわよ!
 

トレアは叫び、声にならない声をあげ駆け去った


(こんな筈じゃなかったのに……!
 どうしてこんな事になっちゃうの?!

 

 

 


帰宅後、シャベリーナは今日の事を思いだし枕に顔をうずくめた


「時間を作っただけじゃ駄目だった……
 校内じゃ場所が悪いのかしら……


天蓋ベッドでゴロンゴロンと寝返りをうつように悩み、
ケータイで地図を開き、座標を自宅から学校へ移動した


「場所かあ……


なんとなく地図を縮小して広範囲を表示したとき、
隣街のランドマークがいくつか表示された。


「駅、商店街、本屋さん……


目に入った物を呟き続けていると閃いた


「喫茶店


取り巻きがついてこない隣街で、庶民が集まりそうな所へ行けばいい。
隣街ならお店に入っても顔を知られていないはず。
そして庶民の話が必然的に効ける喫茶店バイトにつこうと思った。

その日の夜のうちに電話で面接の予約を入れ、
作戦翌日実行に移す事にした

翌日。
取り巻きの彼女らには放課後の予定があると伝え
いつもの迎えの車を呼ばずに駅へ向かった

予定通り学校を離れる事ができて、
無事に最寄り駅まで到着できたものの、駅の利用に困ってしまった。
今まで自家用車で移動していたから駅を利用した事が無かったのだ。


「乗り物に乗るには何か手続きが要るのかな……
 窓口で訊いた方が早いかな


とりあえず映画館みたいに窓口でチケットを買い求めるのかと思い
窓口へ向かったが、窓口の人は困惑した

話を聞くと電車のドアにセンサーがあり、
携帯電話の情報を読み取って決済するから
チケットレスで乗車できるという事だった。

アクシデントはあったものの無事隣街へ移動できて
約束の時間に間に合って面接は突破し、
翌週からシフトに組んで貰える事になった。


「やった……! やった!
 これで少し目標に近づいた!


そして翌週、待ち望んだ初出勤の日が訪れた。

シャベリーナは定時より30分早く勤怠を打刻し、
意気揚々と喫茶店の制服に袖を通し、
心揺れる胸を落ち着かせながらカウンターに立ち
笑みを作りゆっくりと客席を見渡した。


「あら……?


今日は鳥類の客が多い


「あの顔ぶれは……


よくよく観察すると見た事ある顔ぶれが混ざっている


「うん……うん……?
 もしかして……


見た事ある顔ぶれが混ざっているどころではない
来ている客が全てシャベリーナの家に仕えている者達だ


「ということは……
 まさか……!


ハッとして窓から軒先を覗き込むと
物陰に何者かが潜んでいる事に気づいた。

影の形でわかる。
うちに仕えているシークレットサービスが隠れている。


「どういう事……!?


心の奥から嫌な予感がモヤモヤと湧きだし、
その場に立っていられなくなった。

そのままシャベリーナは逃げるように駆け出し、
客の来ない店の奥の戸を開けて
部屋の隅に隠れるようにうずくまった


「こんなの、こんなの嫌……!
 私は私らしくありたいだけなのに!


気づいた時には涙が流れていた
床に染みを作るように広がっていく


「どうしたの?


声を掛けてくれたのはルクレーシャというバイト仲間だった
彼女は庶民の出身である


「ルクレーシャちゃん……


今までの事を話すとルクレーシャは親身に聴いてくれた

ルクレーシャは庶民だが一人っ子だから箱入り娘のように育ったという
大切に育てられた一方で門限が定められたり、沢山の習い事をさせられ、
厳しい決まり事が多く過保護に感じていたそうだ


「だからね、私分かる気がするんだ……。
 今度なんかあったら私が助けてあげる!


そうしてルクレーシャと連絡先を交換した

 

 

――翌日、務め先の喫茶店が休業になった。


店長から連絡があり買収されたとの事だった
店長は詳しく話してくれなかった。

その後ルクレーシャから電話があった。

シャベリーナは窓辺にある椅子に腰かけ、
手でめくりあげるようにカーテンを少し開き、
月を眺めるようにして電話に出た。


「うちのバイト先、買収されちゃったんだって
 短かったけど一緒に働けたの嬉しかったよ

「ね。
 私もルクレーシャちゃんと知り合えて良かった。
 でも、昨日の今日で買収が決まって休業になるなんて、
 どこが買収したらそんな事になるんだろう……

 

「それ、私知ってる。店長から聞いたよ。
 実はーー

 

 

「ーーそれ、うちだ……!

 

 

買収したのはシャベリーナの親が運営しているグループだった

 

 

「……うん、ありがとう。
 また連絡するね。


気が動転しマトモに話せそうにない。

その日のルクレーシャとの話を終え、
窓辺からベッドへ向かい力の抜けた棒のような足でトボトボと歩き、
手からポトッと落とすように電話を枕元に置いた。


「どうして……どうして……!?


ガクッと膝の力を失うようにベッドへ仰向けで倒れ込み、
頭の中がゴチャゴチャと分からなくなってしまった。

 

 

 


シャベリーナが自室の戸を開けて廊下へ出た時だった。


「部屋で隠れるように電話を掛けてから分かっていました。

「……お母様?


廊下の奥から歩み寄るように声を掛けてきたのはシャベリーナの母だった


「あなたは私の娘なのです。
 私が気づいてないと思ったのですか。

「……。
 どうしてこんな事を……

「自覚なさい。あなたはこの家の娘なのです。
 庶民らしくあろうなんて私が許しません


「そんな……!


シャベリーナは母から逃げるように走り去った。

家を飛び出したものの行き先を考えてなかったシャベリーナは
目の前にあった近所の公園のベンチに腰かけた。


「どうして……
 どうして、こんなめに……!


周囲がどんどん暗くなっていく


「学校でトレアさんに寄れば取り巻きが邪魔するし
 街でバイトすればお母様が出てくるし
 やろうとした事が次々と失敗してしまう
 どうしたら私は自由になれるの?!


そこにルクレーシャから電話が掛かってきた
ルクレーシャがベリーズというスイーツ店で働くらしい


「私もルクレーシャちゃんと一緒に働きたい。
 でも、また買収されたら不安……

「そうね……


先日の一件がある。
あの母親なら次の勤め先さえも買収しかねない。

そこで閃いた。


「そうだ。私が代表になれば潰されない筈!


自分が代表になれば、親なら子の会社を買収しないだろうと見込んだのだ。


「それはそうかもしれないけど……

「そうよね。
 私はルクレーシャとそういう関係を望んでないし。


そう、シャベリーナが代表になると母の買収はされなくとも、
ルクレーシャを雇用する事になり主従関係を結んでしまうのだ。


「どうしたら良いんだろ……

「じゃあ、一緒に言いに行こう!

「えっ?

「どこに勤めてもお母さんがそんな事しちゃうんでしょ?
 だったら、強く言ってあげなきゃ!


ルクレーシャの言う事には一理あるが、
あの母が強く言ったくらいで引き下がるとは思えない。


「言ったくらいでお母様が変わるかしら……。

「言ってみましょ! 私も応援するから!
 ダメならまた一緒に考えるわよ!


そうしてルクレーシャが協力してくれる事になった。
ルクレーシャと合流し、自宅へ戻った。


「――で、シャベリーナを自由にしろと。
 そうおっしゃる訳?

 

シャベリーナの母は簡単には許さなかった。
ルクレーシャが言い出したくらいでは何ともならない。

母は畳み掛けるように圧を掛ける。

 

「庶民がでしゃばるでない!

「庶民とかそういうんじゃない!
 ルクレーシャちゃんはルクレーシャちゃんなのよ!
 私は私らしく生きたいだけ!
 私の居場所は私が決めたっていいじゃない!


シャベリーナが応戦するように母の説得を試みるが、
それを聴いた母は再びこの言葉を繰り返した。


「何度言ったら分かるのです。
 あなたはこの家の娘なのよ。自覚なさい!


ひるむシャベリーナに
母は尖ったような声でこう続けた。


「私はあなたに期待しているから言っているのよ。

「……。

 

沈黙が訪れた。

 


「話は聞いていたよ

 

そこへ現れたのはシャベリーナの父だった

 

「シャベリーナは良い友達に恵まれたようだ。
 信じてやってはどうかな?

「あなた……
 でも、庶民と一緒に居ては色々影響されてしまいます!

「私は信じて応援するのが親の務めだと思うよ
 今までシャベリーナがこれ程悩み、
 意思を貫こうとした事がどれ程あったかな

 

一瞬あたりが静かになり
父は話をつづけた

 

「シャベリーナを信じてみないか?

 

時計の針の音が聞き取れるような静けさが続く

 

そして、諦めたように母が口を割った

 

「……勝手になさい!

 

 

シャベリーナは一瞬信じられなかった
あの母が許したのである

 

 

「お父様、お母様!

「シャベリーナよ。
 お前はお前の信じるようにしなさい。

「お父様……っ

「そしてルクレーシャと言ったね。
 シャベリーナをよろしく頼んだよ。

「はい……はい!

 

こうしてシャベリーナは両親の許しを得て
ベリーズでルクレーシャと共に働ける事になった。

自分らしく居られる場所が見つかったシャベリーナが
庶民の理解を深めトレアと和解し共に励むお話はまた今度。

 


おしまい。

 

シャベリーナがベリーズで働く話はアンソロジーにも載ってるよ! f:id:e_happy_holiday:20200724182712j:plainf:id:e_happy_holiday:20200724182715j:plain
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