そーさくびより ( はてブロ版 )

『そーさくびより』は本家が別にありますが、はてブロでは雑記をメインに書いて行こうとおもいます。

短編小説 ベニーとアイ

首都から湾を挟んだ位置にドラゴン達が住む谷がありました

ドラゴン達はそれぞれ個性を持ち、

火を扱うのが得意なドラゴンが居れば、

水を扱うのが得意なドラゴンが居ました

そのドラゴン達が住む谷の外れには小さなアトリエがあります

このアトリエには絵を得意とする3人のドラゴンが住んでいました

 

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獣竜の子ベニーは紅色を得意とする元気いっぱいな女の子

伝説の絵師ハクに会う事を夢見てるんだとか

 

水竜の子アイは藍色を得意とする冷静な女の子

計算ならベニーより得意なんですって

 

そしてベニーとアイの絵師修行をしているのがクロ

この3人がアトリエで暮らしていました

 

「ねえクロじーちゃん。いったい何時になったらうちらは一人前の絵師になれるの?

 

今日も絵師修行に励むアイがクロに尋ねます

 

「まずはその歪んだ線をなんとかせい

 

「いつもそればっかり……同じ絵ばかり描いてても飽きちゃうよ

 好きな物だけ上手く描いて一番になればそれでいいじゃん

 

その様子を見たベニーが口を開きました

 

「そうそう。ゆるゆると可愛い絵を描いてればなんとか成るでしょ

 その絵柄が好きっていう人が集まって来るんだから

 

「ベニー、アイ。自分の描いた絵にそんなに自信があるのか?

 

「それを言われると……

 

ベニーは今手に持って居るカンバスを眺めました

歪んだ迷い線が何本も引かれています

 

「……ねえアイ

「何?

 

「あたし達クロじいちゃんに教わってるから一人前になれないのよ

「そうね。同感

 

ベニーとアイは描く手を止めました

 

「あたしね。ハク様に会えば道が切り開かれると思うの

 だって伝説のハク様ですもの。お導きを下さるに違いないわ!

「ウチはそこまで夢みてないけど、ハク様なら良い知恵をくれるでしょうね

 

「ハク様に会いに行ってみましょうよ!

 

2人はカンバスと画材をしまい始め、出かける支度を整えました

 

「ハクに会えば何とかなると思っているのか?

 

アトリエを出ようとする2人をクロは呼び止めました

 

「ハク様よ! クロじいちゃんには分からないのよ

「うちらずっとこのアトリエに居たし、

 ベニーの言うようにハクや人の話を聞くのは悪くないと思う

 最近の修行もマンネリ化してきたし、

 ハク様を探しに行くついてに人の話を聞きに行こうかと思う

 

「やれやれ……。ワシが引き留めても効かなそうじゃな

 気を付けるんじゃぞ

 

2人は意外と引き留めなかったクロにもやもやしながらアトリエを後にしました

 

「ねえアイ。ハク様はどこにいると思う?

「とても名高いハク様なら、首都にいるんじゃない?

 

「やっぱそうだよねー!

「となると、道中に村があるし誰かにハク様の場所を聞いてみてもいいかもね

 

ベニーとアイは谷を後にして村を目指しました

村に着いた後にハクの居場所を何人かに訪ねてみたところ、

名前は知ってるけど居場所までは分からないとの事でした

やはり首都まで行かないと居場所は分からないようです

2人は村を後にして川を越え、首都を目指すことにしました

 

首都についた2人は拠点となる宿を探し、受付でハクの居場所について尋ねてみました

「お姉さん、伝説の絵師ハクって知ってる?

「あたし達ハク様に会いたいんです! 居場所を知ってますか?

 

「はい。伝説の絵師ハクは存じ上げておりますよ

 しかし、あいにく居場所までは知らず、お力になれません

 でも、この付近にはアトリエがいくつかありますから、

 知っているお方がいらっしゃると思います

 そちらをあたってみてはいかがでしょうか?

 

「たしかにハク様の居場所を知っている人が居そう!

「他のアトリエって知らないし見学ついでによさそうだね

 

「決まり! アイ、明日からアトリエを巡ってみよう!

 

翌朝からベニーとアイはアトリエを巡ることにしました

まず行ったアトリエは宿から一番近いアトリエでした

行ってみると沢山の絵師が輪を描くように座り、

その中央で居眠りしている犬を書き写していました

 

「あのう……

 

アイが恐る恐る講師らしい人物に声を掛けます

 

「おや、いらっしゃい。こんにちは。何か用かい?

 

「ハク様を知ってますか?

 

「ははは。絵師なら知らない人は居ないだろう

 もちろん知ってるよ

 

「じゃあハク様の居場所は知りませんか?

 

「うーん。残念ながら知らないな

 

「そうですか……

 

ヒントを得られなかったアイは少し残念そうにしました

そこにアイが話題を切り替えます

 

「皆さんは今なにをしているんですか?

 

「デッサンだよ。絵師なら君達もやった事あるんじゃないかな?

 

「あるけど、あんまり好きじゃなくて

 いつも同じような物描かされるし

 

「うんうん、そうだね。同じような被写体が多いかもね

 

講師はアイの回答からなんとなく2人の力量を察しました

 

「君たちはどうして絵師になりたいの?

 

「あたしのゆる~く可愛い絵でチヤホヤされたい!

「うちは好きな絵で一番になりたい

 

「そうなんだね。それで、日頃はどんな事をしているのかな?

 

「思うようにゆるい絵を想像して描いてる

「好きな絵をもっと好きになれるように描いてる

 

「君たちはどこかのアトリエに属しているのかい?

 

「一応。あたし達クロじいちゃんに教えて貰ってるの

「だけどクロじいちゃんの課題がつまんないのよ

 うちは好きな絵を描きたいのに、いつも同じような被写体だし

 

講師はクロという名前にピクリと反応しました

 

「ははは、そうだよね。同じような被写体だと飽きちゃうかもね

 なら、少しの間だけ、うちのアトリエでいつも違う被写体を描いていかないかい?

 

「うーん。うちにある被写体は飽きちゃってたし

「ついでに良い練習になるならいいかもね

 

「じゃあ決まりだね

 輪に混ざって描いてごらん

 

ベニーとアイは講師の誘導で他の絵師の輪に混ぜて貰い、

居眠りする犬を描くことになりました

 

「カワイイワンチャン!

 

「可愛い子犬だろ?

 

「あたし可愛い絵を描けるようになりたいから、

 可愛いわんちゃんなら頑張れそう!

 

「上手い絵を描けるようになりたいんだろ?

 

「そりゃもちろん!

 

「じゃあ画力とは何だと思う?

 

「上手い絵を描く力?

 

「画力と上手い絵はちょっと違うよ

 画力とは脳内で思い描いた絵をそのまま紙に描き下ろす力

 上手いかどうかを判断するのは、その後の話だよ

 

「思い描いた絵をそのまま紙に描き下ろす力……

 

「そう、その為には描きたいものがどういう作りになっているのか

 きちんと理解しておく必要があるんだ

 幸い今日は可愛い子犬だからモチベーションも沸くだろう?

 

「うん!

 

「よく見て子犬の骨がどうなっていて筋肉はどうついているのか

 デッサンは本物を見て考察してみよう

 

「よく見て考察しろって、クロじいちゃんも言ってた……

 

「ハクもそう言うだろうね

 ハクは幼少時代にデッサンを数多くこなしていたそうだ

 描きたい物の形をしっかりと理解しておかないと描いた結果形が崩れてしまうからね

 

「ハク様がそう言ってたなら……私たちも!

 

それから何日間かベニーとアイはアトリエへ通い

まともに練習していなかったデッサンを学びました

 

そして講師の認めを貰える程度にデッサン力を身に付け、

少しだけ自分の絵に自信を持つことができました

 

しかし残念ながらハクの居場所は分からず終いだったので、

2人は次のアトリエを訪ねる事にしました

 

次に訪ねたアトリエでは、絵師たちが各々のカンバスに大胆な構図で描いていました

講師に話を聞くと、絵のデザインにはコツがあるという話を聞きました

 

「近接、整列、そしてコントラスト

 これらを意識しながら構図を組んでいけば見やすい絵が描けるんだ

 

「クロじいちゃんも言ってた……

 

自分達の絵を見返すと、カンバスに収まりきっている絵ばかりです。

形は整っているものの収まりすぎている感じがしました。

 

「絵が上手くなりたいんだろう?

 

「もちろん!

 

「たくさん答えはあるんだけど、上手い絵って何だと思う?

 

「ええっと、思い通りに描けた絵?

 

「下手な絵を描こうと思って思い通りに描いたら、それは上手いのかな?

 

「あれ、そう言われてみると違うなあ

 

「人が上手いと思うのは、シンプルで整っている絵だったり、

 情報量が多くても伝わりやすい絵とか、かな

 

「それを解決するのが近接とか整列とかコントラストなの?

 

「そういう事!

 何が重要なのか、どこから眺めたら良いのか伝わりにくいデザインは評価されにくい

 デザインのコツを抑えるとだいぶ見やすくなるんだ

 今度じっくりハクの絵を見てごらん

 意識して見ると気づきがあると思うよ

 

「そうか、クロじいちゃんもそれを言ってくれてたんだ

 煙たがって悪かったな……

 

2人はそのアトリエでも数日間世話になり、デザインを学んだのでした

以前に比べて色使いや構図など絵のバランスが整い見やすく描けるようになり

自分達の絵に少し自信を持てるようになりました。

 

「ところで、伝説の絵師ハク様に会ってみたいんですけど、居場所は知りませんか?

 

「さて、ねえ……

 でもハクに絵を依頼したという知り合いがいるよ

 絵が残っていれば見る機会もあるだろうし、紹介してあげよう

 何かヒントが掴めるんじゃないかな

 

「ありがとう!

 

このアトリエでもハクのヒントは得られませんでしたが、

どうやら次に会う人はハクと関わりのある人のようです

もしかしたら居場所がわかるかもしれません

 

2人は宿へ戻り宿の受付で借りた地図で行先を調べました

すると紹介された人物の住む目的地がお屋敷である事がわかりました

 

翌日、そのお屋敷へ訪ねると既に話は通っていたらしく、

中へ通して貰う事ができました

 

「ハクの絵を見たがっているのは君達かね?

 

「あ、はい

 

「ふむ。ついてきなさい。こっちだ

 

通された部屋は広く、大きな窓と大きな机、そっして深く腰掛けられる椅子があり、

絵はその部屋の壁に掛けてありました

 

「この絵、おじさん? 肖像画

 

「ああ

 

「写真じゃないんだね

 それに、この絵のおじさん、本物よりかっこいい

「こら!

 

口の軽いベニーにアイが注意します

 

「はっはっは。そう描いて欲しいと希望したのだよ

 私の未来像を想像して描いて貰ったんだ

 

「どうして?

 

「事業が成功して輝いていたいからね

 理想を要望したから本物よりかっこよく見えるのだよ

 

「写真じゃダメだったの?

 

「写真は事実を記録するのには適しているが、理想は写せないからね

 

「そっか……絵に出来て写真にできない事があるんだ

 

「ハクは良い仕事をしてくれたよ

 私のバッググラウンドまで詳細に聞き出して、

 それをきちんと絵に反映してくれた

 しっかりと要望にコミットしてくれる

 

「それでおじさんはいくら払ったの?

 

「はっはっは。ハクの要望に応えて支払ったよ

 ハクは実績もあって信頼できるからね

 結構な額面を提示したよ

 

「やっぱり高いんだ……

 

「だが見合った仕事で期待に応えてくれたのだよ

 

「期待?

 

「そう。肖像画とだけ言えば模写のように聞こえるかもしれないが、これは私の理想像だ

 未来のことだからどう描けば良いのか、その正解が私自身もぼんやりしている部分がある

 

「そのぼんやりに応える事を期待したの?

 

「そう。その絵を見て未来に希望を持って取り組みたいからね

 そしてハクが私の理想を知るには丁寧なヒアリングと整理や可視化が求められる

 それらを真っ白なカンバスに描き下ろすのは難易度の高い仕事だよ

 

「ハク様はもっと天才的に描きたいように描いてたんじゃなんだ……

 

「客と向き合って、しっかり要望に応えるプロ絵師がハクだ

 顧客の要望に応えて実績を積み次の仕事の紹介へ繋がるから伝説になるのだよ

 

「だから伝説なんだ

 

「お金とは信頼だ

 ハクは信頼に応えられる自信があるからそれに見合った対価を求める

 私はその対価に見合う期待をして要望を出し、応えて貰えれば当然対価はしっかり払うよ

 

「うちらもそれなりの対価が欲しければ要望に応えられるようにならないといけないのね

 

「収入はどれほど人に貢献できるかで変化するからね

 だから私も事業で世間へ貢献しているのだよ

 おかげでこんな暮らしをさせて貰っている

 

「自分の描きたい絵だけじゃダメなんだ……

「だからデッサンとか必要だったのね

 

「君たちはハクの居場所を探していると言ったね

 

「あ、はい

 

「今ハクは谷に住んでいると聞いているぞ

 

「うそ、うちの近く!?

 

「地図を描いてやろう

 あいにく私は絵心が無くてね

 これでもお役に立てればいいんだが

 

「ありがとうございます!

 

「君たちの家の近所なのか。良かったね

 ところで、どこかのアトリエには属しているのかね?

 

「一応クロっていうおじいちゃんのアトリエに居ます

 

「……ほう。はっはっは!

 またいつか機会があれば会おう

 ハクに会ったらよろしく伝えてくれ

 

富豪のおじさんの屋敷を後にしたベニーとアイは不思議な後味を感じながら宿へ戻り、

チェックアウトの手続きを進めました

 

2人は谷へ戻り、おじさんから受け取った地図を頼りにハクの居場所を尋ねる事にしました

そして見慣れた景色を足早に進んでいくとハクの居場所らしい建物が見えてきました

 

「あれ、もしかしてこの方角、この道って……

「まさか……ここってうちじゃん!

 

2人の地図の見かたが間違っていなければ、

ハクの居場所はクロのアトリエを指しているのでした

 

「ただいま……

「なんかもう、よくわかんない……

 

「思ったより早い帰りじゃったのう

 

帰宅するなり座り込んだベニーとアイを見てクロが言い寄りました

 

「その後、どうじゃった?

 

「首都へ行ってアトリエを巡ったよ

「デッサンが大事だとか、デザインを学ぶと見せ方が上手くなるとか学べたよ

 

「あとハク様を知ってる富豪のおじさんを紹介してもらったよ

「そのおじさんにお金とは信頼だとか、要望に応えることが大事だとか聞いてきた

 

「そしてハク様の居場所を地図に描いてくれて、それが谷だったから戻って来たんだけど……

「その目的地がうちにしか見えないってワケ

 

「ほう、その富豪は今何をしておった?

 

「なんか事業してるみたいだよ

 屋敷も綺麗だったし上手くいってそうで元気だった

 

「そうかそうか。それは良かった

 で、描いて貰った地図がここだったと

 

「そういう事。もうよくわかんない

「疲れちゃった




「首都へ行って色々気づきを得て来たようじゃのう





「まーね。勉強になったよ

「好きな物だけ描いてればいい訳じゃないみたいね





「まだハクに会いたいのか?





「そりゃあハク様にはお会いしてみたいわよ! 絵師の憧れだし!

「ねー! 会いたい! もー、どこにいるのー?




「ワシがハクじゃ










「ふーん

「……え?









「ええええぇぇぇ!!?

「どう見ても黒いじゃん!




「残念かもしれんが実はワシがハクじゃ




「クロじいちゃんでしょ! 黒いじゃん!

「ハクさまってもっとスタイリッシュで美白で素敵なお方だって思ってたよ!

 

「黒いのは色々訳があるんじゃよ

 いつか話す時が来るじゃろう……



「……そんなまさか……

「今までうちらハク様のアトリエでハク様直伝で学んでたって事……!?

 

「そういう事になるな

 

「だから首都の皆はハク様と同じ事を言ってたの……

「どうりでクロじいちゃんも同じ事言ってたなって感じた訳……?

 

「なんか色々ショック……

「気持ちの整理に少し時間をちょうだい……



「ホッホッホ。いいじゃろう

 今日はゆっくり休むといい



その日は2人ともどんな人と会って何を経験して

何を学んだかを思い返しながら床に就きました。

 

翌朝、2人は以前と同じように起きて来ました。

 

「来たな。よく眠れたか?

 

「未だに信じ難いんだけど、

 とにかくクロじいちゃんがハク様なのね。

 

「そうじゃ

 そして今日はお前たちに試練を与えよう

 これを乗り越えたら一人前の絵師じゃ

 

「うぇぇ、試練?

「でも、それで一人前になれるの?

 

「試練を乗り越えたら一人前と認めよう

 事実上、ハク承認の一人前という事になるな

 

「ハク様承認……!

「なんて素敵な響き!

 

「だが試練と言うからには簡単じゃないぞ

 

「どんな試練なの?

 

「試練とは自力で受注し納品書にサインを貰う事じゃ

 

「自力で受注し納品書にサインを貰う……?

 

「求めている人を見つけ期待に応えれば良い

 それだけの事じゃいよ

 

「クロじいちゃんは簡単そうに言うけど……

「自信がなくて不安……

 

「求めている人を見つけたら自分が役立てる事を伝えて貢献すれば良い

 ポートフォリオを見せて交渉すればいいんじゃ

 

ポートフォリオ

 

「作品集のようなものじゃよ。

 依頼者と会ってすぐに自分の画力を伝えるならポートフォリオを見せて

 過去にこんな絵を描いた実績があると伝えるんじゃ

 

ポートフォリオに載せられるような作品、あたし達にはまだ無いよ

 

「お前らは首都で訪れたアトリエで何を得た?

 デッサンを学び、デザインを習得したじゃろう。

 

「そりゃあ……

 

「要望に応えることが大事だと聞いたんじゃろ?

 

「うん。ヒアリングが大事だって。

 それはうちらも分かったつもりだけど……。

 

「そこまで分かっていれば、あとは経験じゃよ。

 少なくとも絵を描かない人達の役に立つことは出来るじゃろう。

 

「でもうちらより上手い絵師はたくさん居るよ。

 

「ほっほっほ。そんなに悩まなくても良い。

 市場は必ずあるんじゃ。

「市場?

 

「自分が役立てる場所の事じゃよ。

 ベニーは村へ、アイは首都へ行くんじゃ

 

「ええ!?

「うちら別行動?!

 

「一人前になる試練じゃよ。まず通る道じゃ。

 各々が自立して、ようやく協力して二倍以上の貢献ができるようになるんじゃ。

 

「あたしは村へ……

「うちは首都で……

 

「「大丈夫かな……

 

「ベニー、アイよ。身支度をせい。

 今日中に発つのじゃ。

 

「また急な!

「今日中!?

 

ベニーとアイはクロに急かされるように身支度を整え、

2人はクロのアトリエを後にするのでした。

村までは一緒に行動です。

 

「ねえ、アイ。

「なあに、ベニー。

 

「あたし未だにクロじいちゃんがハク様だなんて信じられない

「うちもそう。でも他の人の話を聞くとつじつまが合ってるのよね……。

 

「この試練を終えたら一人前なんだよね。

「みたいだよ。しかもハク様直伝承認付き。

 

「クロじいちゃんの承認でしょ。

「……それは考えちゃ駄目。ハク様はハク様よ。

 

「別行動しなくても村で一緒に絵を描きましょうよ

「それだと試練にならないわよ。

 一人前になれないってクロじいちゃんが言ってたでしょ。

 

「そうだよね……。

 

村でアイとベニーは分かれ、アイは首都へ向かいました。



村へついたベニーは宿を探し、受付で絵を求めている人は居ないか訪ねてみました。

 

「この村で、絵の仕事がしたいんですが、心当たりはありませんか?

「そうですね……でしたら広告屋さんを当たってみるのはどうでしょう?

 

広告屋さん……気が向かないけど当たってみる。

 ありがとう。

 

ヒントを得たものの、ベニーは元々可愛い絵を描きたかったので気乗りしませんでした。

しかし試練を早く終えたい気持ちで広告屋さんへ当たってみる事にしました。

 

翌朝ベニーは教えて貰った広告屋さんを尋ねました。

そのお店は村の中でも比較的賑やかな場所にありました。

お店の外から中を眺めてみると、お店の人の姿は見えず

奥の方で人影が動いている様子が分かりました。

 

「ごめんください……

 

ベニーが恐る恐る入ってみると、奥から年老いた職人が現れました。

 

「可愛いお嬢ちゃんだのう。

 どうかしたのかい?

 

「あたし、一人前の絵師になる為の試練中なの。

 その為に仕事を探してて……。

 

「ほほー! 絵師なのか。

 この村では珍しいのお。

 

「えっ、そうなの?

 

「そうじゃよ。

 人が住む所には物を売りたい人が居るじゃろ

 

「生活があるしね

 

「そう、そして物を売るには集客が必要じゃ。

 集客には宣伝の為に広告が欠かせないんじゃよ。

 

「そりゃそうだけど。

 

「広告の需要があるのに描き手が足りないんじゃよ

 

「どうして?

 

「絵師は皆首都に憧れて行ってしまうんじゃ。

 こっちは人手が足りなくて困っておるのに……

 

「おじいちゃん、あたしでも力になれる?

 

「お嬢ちゃんは絵師だと言ったのう。

 どんな絵を描くんじゃ?

 

「ええと……こんなのをアトリエで描いてたよ

 

「ほう、基礎は出来てるようじゃな。

 ワシは最近の流行りについていけないし、

 デザインをお嬢ちゃんに任せてみようかの。

 

「本当に!? ありがとう!

 あたし頑張る!

 

ベニーは競争相手の少ない村で仕事を見つける事に成功し

広告業を営むおじいちゃんに頼られ役立とうと頑張りました。

 

この村にある広告屋はここだけ。

そこで流行りのデザインを追うことが出来て

感性豊かなベニーは意気揚々と働き始めました。

 

一方のアイは首都で絵を求める人を探しました。

しかし絵師の憧れである首都なので腕の良い絵師はいくらでも居ます。

アイはどう人の役に立てば良いのか悩んでしまいました。

 

考え事をしながら道を歩いていたら、どこかの路地裏に迷い込んでいました。

元々道を知らないのでどこへ行っても迷子に変わりません。

偶然目に留まった所に喫茶店があったので、そこで一休みしつつ地図を見せて貰う事にしました、

 

「いらっしゃい。

 

閑散とした店内に声が響きます。

 

「お好きな席にどうぞ。

 

地図を見せてもらいたい都合上、アイはカウンター席へ座りました。

店内を見渡すと他に店員や客の姿が見えません。

 

「アイスコーヒーを1杯と……地図を見せてくれませんか?

 

「地図ですか? はい、どうぞ。

 

「あのう、ここってどこですか?

 

店員は地図を広げると大通り傍の路地裏を指しました。

 

「この店は……ここですね。

 どこかお探しですか?

 

「探しているっていうと……仕事かな。

 うちは絵師をしてるんだけど、絵を描いて納品書を貰う試練をしてるの。

 

「そうですか……大変ですね。

 

「……この店は静かでいいですね。落ち着く。

 

「静かすぎるくらいですけどね。

 立地は悪くないと思うんだけど、もう少しお客さんが欲しいな。

 

「もっとお客さんが欲しいんだ?

 

「そりゃあね。

 僕は店長をしているんだけど、大通りそばに開店できた当初はワクワクしてたよ。

 友達を呼んだりしてさ。

 

「うちは静かなほうが好きだけどな。

 

「そういえば君はどうしてこの店に気づいたの?

 

「考え事しながら歩いていたら偶然見つけたのよ。

 

「偶然かあ……。

 

「あっ、もしかして。

 

アイは店の外へ飛び出しお店の外観を大通り側から眺めました。

 

「ちょっとちょっと、どこへ行くの?!

 

「あっ、ごめんなさい。

 つい衝動的になっちゃって。

 

「何があったの?

 

「ほら、やっぱり。

 

アイは大通りから路地裏の店を指しました。

 

「え? どうしたのさ。

 

「お店がある事が分からないのよ。

 

確かにそこにお店はあるのですが、

お店の名前は出入り口の上にあったので

大通りから見ると真横の角度で見えませんでした。

 

しかもお店の名前はオシャレそうな英名でも喫茶店である事が伝わらなかったのです。

 

「お兄さん、このお店のロゴはあるの?

 

「ないよ。あまり儲かってないし、作る余裕がないんだ。

 お客さんはリピーターばかりだから、経営がギリギリなんだよね。

 新規のお客さんを招くような宣伝広告費なんて割けないよ。

 

「うちにロゴ描かせてくれない?

 ここに喫茶店がある事が皆に伝わるように、

 カップや食器のシルエットを使ったロゴを描くから

 大通りから見えるような看板を作りましょう。

 

「そうか、君は絵師だったね。

 頼みたいけど、うちはさっきも言ったように儲かってないからあまり払えないよ?

 

「いいよ。まずはそこからやってみようと思う!

 

アイは計算が得意だったので、デザインのバランスをしっかり計算し、

看板を設計して大通りからよく見えるように設置するデザインをしました。

 

そのおかげで認知拡大に成功し

大通りの喫茶店に入店できなかったお客さんが流入するようになり

口コミが広がって売り上げが伸び始め、予想以上の成果で

アイは最初に見積もった金額に上乗せで報酬を受け取れました。

 

そしてベニーとアイは納品書を受け取り、谷へ戻る事になりました。

 

「クロじいちゃん!

「ただいま!

 

「帰って来たか。

 どうじゃった? 納品書のサインは受け取れたか?

 

「あたしたち、出来たよ!

「うちにも役立てるところがあったんだ!

 

ベニーとアイは納品書を自慢げにクロに見せます

 

「自信を持てたようじゃの。

 ちょっと前まで自信無さげにしておった癖に。今は活き活きしているな。

 



「えっへん!

 

「約束通り、お前たちを一人前と認めよう。

 もう自分で受注でいるじゃろう。

 

「しかもハク様承認済み!

「でもクロじいちゃんでしょ?

 

「教え子の門出祝いじゃし、たまに一筆送ってやろうか?

 

「クロじいちゃんまだ描けたんだ?

「いま描くとどんな感じなの?!



サササッーー

 

「ほれ。

 

「「――――!!

 

クロはいったいどんな絵を2人へ描いて贈ったのでしょう?

想像してみてくださいね。

(終) 

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